顧客に「選ばれる理由」を科学する:バリュープロポジションキャンバス
なぜ「良い製品」なのに売れないのか?
「機能には自信があるのに、なぜか売れない」「競合との価格競争から抜け出せない」 多くのビジネスパーソンが、このような壁に直面したことがあるのではないでしょうか。その根本的な原因は多くの場合、「顧客のニーズ」と「自社の提供価値」の間に生じている”ズレ”にあります。
このズレを解消し、顧客が本当に求めている価値を定義するための強力な思考ツールが、今回ご紹介する「バリュープロポジションキャンバス(Value Proposition Canvas, VPC)」です。
1. バリュープロポジションキャンバス(VPC)とは?
バリュープロポジションキャンバスとは、『ビジネスモデル・ジェネレーション』の著者であるアレックス・オスターワルダー氏らによって提唱された、「顧客が本当に求めていること」と「自社が提供できる価値」が噛み合っているかを可視化し、検証するためのフレームワークです。
多くの企業は、自社の技術や製品(シーズ)を起点に考える「プロダクトアウト(作り手中心)」の発想に陥りがちです。しかし、市場で本当に成功するのは、顧客の課題を最も鮮やかに解決する「マーケットイン(顧客中心)」の視点を持つ製品・サービスです。VPCは、この独りよがりな開発を防ぎ、顧客視点に立った戦略を立てるのに有用なツールです。
VPCは、大きく分けて以下の2つの領域で構成されています。
• 顧客プロフィール (Customer Profile): キャンバスの右側(円)。顧客の世界を深く理解するための領域です。
• バリューマップ (Value Map): キャンバスの左側(四角)。顧客に応えるための自社の価値を設計する領域です。
重要なのは、すべては右側の「顧客プロフィール」の理解から始まるという点です。顧客理解なくして、価値提案は成立しません。
では、最も重要である「顧客プロフィール」から、具体的な例を交えて見ていきましょう。
2.1. 顧客のジョブ (Customer Jobs)
「顧客のジョブ」とは、顧客が自身の生活や仕事の中で成し遂げたい「目的」や解決したい「課題」のことです。有名な例に「顧客はドリルが欲しいのではない、穴が欲しいのだ」という言葉がありますが、この「穴を開けること」こそがジョブにあたります。
ジョブは、以下の3つの側面で考えると、より深く顧客を理解できます。ここでは「痩せたい」というジョブを例に見てみましょう。機能的ジョブから「なぜ?」と問いを重ねることで、より本質的な社会的・感情的ジョブにたどり着くことができます。
• 機能的ジョブ: 具体的なタスクや目的。
◦ 例: 体重を減らす(痩せる)。
• 社会的ジョブ: 周囲からどう見られたいか、どう思われたいか。(なぜ痩せたい? →)
◦ 例: 周囲から好印象を得たい。
• 感情的ジョブ: 特定の感情や状態を手に入れたい。(なぜ好印象を得たい? →)
◦ 例: 自分に自信を持ちたい。
ジョブをリストアップしたら、次にそれらの重要性を考えます。顧客にとって「痩せること」「好印象を得ること」「自信を持つこと」の中で、最も大切なのはどれでしょうか。この優先順位付けが、後の価値提案の焦点を定める上で極めて重要になります。
2.2. 顧客のペイン (Pains)
「ペイン」とは、ジョブを遂行する上で顧客が経験する**障害、リスク、ストレス、不安などの「痛み」や「悩み」を指します。特に重要なのは、顧客自身がまだ明確に言語化できていない、潜在的な悩みまで掘り下げることです。ここに競合との差別化のヒントが隠されています。
• 「痩せたい」というジョブの例(Pains)
◦ 運動する時間がない
◦ 飲み会が多い
◦ 周囲にダイエットをしていると知られたくない
◦ ジムで誰かに会うのが不安だ
◦ 甘いものを我慢するとストレスが溜まる
リストアップしたペインは、すべて同じ重みではありません。次に、顧客にとってどの痛みが最も深刻で、どの痛みが些細なものなのかを重み付けします。リソースは有限であり、最も深刻なペインを解決することに集中するのが戦略の要です。
2.3. 顧客のゲイン (Gains)
「ゲイン」とは、顧客が望む結果や恩恵、あるいは「こうなったら嬉しい」と感じる**期待以上の「成果」**のことです。数値的な成果だけでなく、感情的な成果も非常に重要になります。
• 「痩せたい」というジョブの例(Gains)
◦ 体重が減った
◦ 着れなかった服が着れるようになった
◦ 自分に自信がつき、外出が増えた
ペインと同様に、これらのゲインも顧客にとっての重要度で重み付けを行います。「体重が減ること」と「自信がつくこと」では、どちらがより強い動機となるでしょうか。この優先順位が、響くメッセージを左右します。
このように顧客の姿が明確になって初めて、私たちは効果的な価値提案を考えることができます。次に、左側の「バリューマップ」を見ていきましょう。
3. 価値を設計する「バリューマップ」(四角の部分)
バリューマップは、顧客プロフィールで明らかになったジョブ、ペイン、ゲインに対する「答え」を設計するプロセスです。これは、自社の提供価値を「顧客の言葉に翻訳する作業」とも言えます。
3.1. 製品・サービス (Products & Services)
顧客のジョブを助けるために、自社が提供する具体的な商品やサービスのリストです。 例えば、スポーツジムであれば、様々な運動器具やエアロビクス教室などがこれにあたります。
3.2. 痛みの和らげ (Pain Relievers)
顧客の「ペイン」を、自社の製品・サービスが具体的にどのように取り除き、軽減するのかを記述します。
• スポーツジムの例
◦ ペイン: 運動する時間がない → 解決策: 24時間営業でいつでも通える
◦ ペイン: 人目が気になる → 解決策: 個室利用やオンライン動画配信で人目を気にせず運動できる
ここで重要なのは、「すべての痛みを解決する必要はない」ということです。顧客プロフィールで優先順位付けした、最も深刻なペインに絞り込み、他社には真似できない圧倒的な解決策を提示することが成功の鍵となります。
3.3. 利得創出 (Gain Creators)
顧客の「ゲイン」を、自社の製品・サービスがどのように生み出すのか、期待を超える価値をどう提供するのかを記述します。
• スポーツジムの例
◦ ゲイン: 成果を実感したい → 価値提供: 体重計や血圧計を設置し効果を可視化する
◦ ゲイン: 自信を持ちたい → 価値提供: スタッフが利用者を承認する声がけを行う
これも同様に、顧客が最も重要視しているゲインに対して、最も効果的な価値提供を設計することに集中します。
さあ、これで両方のピースが揃いました。最も重要なのは、この2つがしっかりと噛み合っているかを確認する「フィット」の瞬間です。
4. 核心:価値が噛み合う瞬間「フィット」を見つける
VPCを作成する最終目的は、右側の顧客プロフィール(需要)と、左側のバリューマップ(供給)が一致している状態、すなわち「フィット」を確認することです。
フィットしている状態とは、「顧客が重要だと感じているペインやゲイン」と、「自社が提供する痛み和らげや利得創出」が、強力に結びついている状態を指します。
このフィットこそが、顧客にとっての「選ばれる理由」そのものです。そして、それは価格競争に巻き込まれないための唯一の道でもあります。この『フィット』した内容こそが、顧客に響く本質的な『セールスポイント』となるのです。
4.1. フィットは仮説である
忘れてはならないのは、このキャンバスに書き出された内容は、あくまで「仮説」であるという点です。VPCは一度書いて終わりではありません。それは市場で検証されるべき仮説の集合体であり、顧客からのフィードバックを通じて何度も書き直し、磨き上げていくことで、その精度がより高まります。この仮説検証のサイクルこそが、VPCを静的な計画ツールから動的な戦略ツールへと昇華させるのです。
5. 仮想事例で学ぶ:都内女子高生向けコスメのVPC戦略
ここまでの知識を定着させるため、「都内女子高生向けコスメ」というターゲットでVPCがどのように機能するかを見てみましょう。
<ターゲット>都内女子高生
可愛さは生存戦略。学校での「バレない盛り」と「放課後のSNS映え」の両立に最大の関心がある。情報はインスタやTikTokから収集。
<製品>2in1擬態コスメ ~1本で2つの顔を作る~
学校では肌に溶け込む「擬態モード」、放課後は光を操る「盛りモード」。女子高生の2面性に応えるプロダクト。パッケージはホーチに入っているだけでステータスを感じるY2Kトレンドを取り入れたデザイン。
この例では、「学校ではバレたくない、でも放課後は盛りたい」という女子高生の非常に重要なジョブ(=スイッチの必要性)に対し、「2in1処方」という製品が応えています。さらに、「バレたくない」「崩れたくない」「お金がない」という深刻なペインを一つひとつ潰し込み、「スマホ越しに可愛くなりたい」というゲインを創出することで、「プロダクト・マーケット・フィット」を実現しているのです。
6. まとめ:価値は「主張するもの」ではなく「噛み合うもの」
バリュープロポジションキャンバスは、単なるフレームワークではありません。それは、顧客と企業の「幸福な出会い」を設計するための地図です。
このツールが教えてくれる最も本質的なメッセージは、価値とは一方的に『主張』したり『伝える』ものではなく、顧客の世界観や言葉、感情と、自社の提供価値が『一致』(噛み合う)することで初めて生まれる、ということです。
この思考法は、個人のブランディングにも絶大な効果を発揮します。クライアントから見た自分の価値を整理すれば、ブログのテーマ設定、SNSでの発信、営業提案のすべてに一貫した軸が生まれます。もしあなたが、自社の製品や、あるいはあなた自身の「選ばれる理由」に迷っているなら、まずはこのキャンバスを広げ、”顧客側から見た自分”を整理することから始めてみてください。そこから答えが見つかるはずです。
解説動画はこちら
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